ヴァオリン1

ヴァイオリンを2年前に始めて

わたしは元々マンドリンと言う楽器を得意としていました.大学1年から始めたのですが,手にしたときの感覚がちょうど良く練習に飽きが来ず,憧れの先生も名古屋にいらっしゃるなど環境にも恵まれ,マンドリンオーケストラの中だけではなく,ピアノとのデュオ演奏活動にも随分精を出しました.残念なことに医者になってからは激務に忙殺され,およそ8年あまりで定期的に練習することを断念してしまいました.また1996年に開業してから,別の新聞記事にまとめていただいたように仕事と勉強に明け暮れ,楽しみと言えば家族と過ごす日曜日の団欒だけになっていました.家族と過ごす時間はわたしにとって非常に大切なものでしたが,それを奪う一大事件が起きたのです.

2005年12月,高校の旧友から電話がかかって来ました.「伊藤君,来年2月にアマチュアオーケストラだけど,マーラーの交響曲7番を演奏します.マンドリン演奏者が必要なのだけど,出演してくれないか」.彼は大学時代からオーボエを始め,いまだ社会人オーケストラで活躍していました.演奏活動を休止していたわたしのことを覚えていてくれて,白羽の矢を立てたのです.本番演奏終了後,指揮者は活躍したパートの人を立たせて観客やほかの楽団員からの拍手を促します.マンドリンも最後に同じく立たせてくださいました.大きなコンサート会場の観客と楽団員のみなさまにお辞儀をしながら,わたしの頭の中に大きな感動が湧き上がり,コンサートが終わってからもあの感動を与えてくれた楽団員のみなさまと一緒に活動したいと言う意識が強く残りました.

その後,突如として学生時代培った楽器演奏熱が再燃し,またいつかマンドリンでオーケストラに出演する日を夢見て,毎日診療を始める前や日曜日の大半を使ってマンドリンの練習を再開しました.その夢は2006年10月にあったマーラーの大地の歌コンサートでかなう訳ですが,以降マンドリンにお呼びがかかることはありませんでした.なんとか定期的にオーケストラに参加することはできないか.その夢の実現のためにはオーケストラの楽器にチャレンジするしかないと思いました.そしてマンドリンに最も近いと思ったヴァイオリンを習うことにしたのです.初めてのレッスンは2007年3月29日,友人に借りたヴァイオリンを片手に教師の門を叩きました.でもこれは結構勇気のいることだったのです.

まずこの年で始める新しい楽器は,幼少のころ始める場合に較べて進歩が遅い可能性があります.また練習時間もなかなか取れません.こうしたことから上達が遅い,あるいはまったくヴァイオリンの音程が取れない,そんなハンディが十分考えられたからです.そんなジレンマの中,とにかく始めてみました.

幸運にも教師はマンドリンを嗜んでいたことから発生した利点,左指が良く動く,おおよその左指の押さえるポジションを理解しているなどをほめて下さり,励まされるように継続しました.しかし2年弱たっても音程は安定せず,弓の運びでは各種スタッカートの正しい理解や使い分けが出来ませんでした.そんな中,立ち寄ったヴァイオリン店で雑誌に掲載されていた記事「壁を越える−音程を良くするためにはどうしたらよいか(サラサーテVol26,p64-67.2009)」との出会いがありました.それが今回教わることになった柏木真樹先生(ホームぺ−ジはこちら)の連載だったのです.
従来のわたしの楽器の顎当て 柏木先生がご推奨された顎当て

初回レッスンは2009年2月21日にありました.まず従来やってきた方法で演奏をするよう言われベートーベンのメヌエットを弾きました.一聞されて70%は予想通りの演奏だったとおっしゃられました.成人になってから楽器を始めた人を柏木先生はレイトスターター(レイトとは英語のlateのことで「遅い」とか「最近の」と言う意味です)と呼ばれるのですが,その特徴がいくつもあるとご指摘されました.そして骨格の特徴をみられ,股関節が固いことを指摘され,股関節のストレッチを毎日するよう指導されました.また肩と腕の各関節の脱力法につきご教示されました.さらに楽器を保持させながら,正しい顎あてと肩あての必要性を説かれました.それまでのわたしの姿勢は左肩を上にあげ,首を左方向に傾け無理に楽器をはさんでいたのです.

楽譜を見て楽譜どおりに弾く方法のレッスンと,楽器を楽器らしく正しい音で鳴らすレッスンは異なるものだと思います.先にレッスンを受けていた名古屋の先生は楽譜どおりに弾くレッスンを中心にされたのだと思います.レイトスターターながら時間がかかっても良いので,ヴァイオリンらしい音で楽器を鳴らしたいと念じていたわたしは,柏木先生のレッスンを継続したいと思いました.もし障害になるものがあるとすれば,稼業の忙しさでしょう.厳しい先生なら次々に課題を出され,期日までに仕上がらない場合不機嫌になられるでしょうし,理解ある先生なら見守ってくださると思います.わたしは稼業をおっぽり出してまで楽器の練習に励むことが許される環境にはないのでそれを一番心配しています.

また柏木先生は隔週土曜日に東京から名古屋の受講者のためにわざわざいらしているのですが,すでにレッスンを受けてみえる方が何人もみえ,わたしの参入のためにその方々の貴重なレッスン時間を奪ってしまうことも非常に心配しています.あくまでわたしは最終参加者ですから.レッスンの優先権は既参加者にあります.

マンドリンを始めたとき,名古屋の榊原喜三先生の元に無理やり押しかけ,ピックの持ち方,姿勢,弦の押さえ方など手ほどきを受け,迫力あるマンドリンサウンドが出せるようになりました.榊原先生との出会いなしに,マンドリン独奏コンクールでの優勝はありえませんでした.こうした幸運は待っているだけで恵まれるのではなく,ときには冒険をしないと得られないと思います.柏木先生との出会いを幸運にできるのか,単なる冒険に終わらせるのか,それはわたし次第だと痛感しています.
2009年2月22日 休日診療所の勤務の合間に記す