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めざせ新世紀 
−20世紀のエビデンスはどうなる−
「気管支喘息治療」

文献名 : JIM Vol.11, 2001, 19-22 

Keyword        
気管支喘息,気道炎症,ステロイド,β2刺激剤,テオフィリン
疑問 慢性持続型喘息の根拠に基づく第一選択薬は
解答 吸入ステロイド
症例  : 経口テオフィリンと抗アレルギー剤の内服を処方されて来院した1例

患 者:16歳,女性

家族歴:母がアレルギー性鼻炎

現病歴:2歳から気管支喘息.一時軽快していたが14歳再燃,近医で加療を受けていたが転居に伴って当院を受診した.発作頻度は1週間に3日以上早朝の喘鳴と呼吸困難がみられた.前医の処方はテオドール(200mg)2錠,アゼプチン(1mg)4錠,メプチンエアー呼吸困難時2吸入となっていた.転院後ピークフローメーター(J1)による管理を開始,薬剤もフルタイド(200μg)2ブリスターに変更したところ喘息症状は消失し,ピークフロー値も正常となった.

  20年前,私が医師になったときの気管支喘息の治療は,各種気管支拡張薬の併用を行い,それでも発作が頻発する場合にはステロイドの内服を出来るだけ少量併用するというものであった.ステロイドの使用期間は短期間で済む症例もあったが,年余にわたり必要となる症例も多く,そのようなステロイド依存例から喘息死がしばしば発生した1).その後の喘息病態の解明と治療薬の進歩は喘息入院,喘息死の減少をもたらしたが,どのようなbreakthroughを経てきたのであろうか.また今後に残る業績は何であろうか.筆者の浅学を恥じつつ考察をしたい.なお各々の新知見を明らかにした研究をただ一つに特定することは困難であることは承知しつつ,その後の患者アウトカムに大きな影響を与えた真のエンドポイント(J2)について検討されたものを選択し,その論文が発表された年号を途中挿入した.
1.気管支喘息病態の解明
かつては喘息の病理学的所見は主に剖検によって得られたものであった.そこには粘液や血清蛋白,あるいは炎症細胞などからなる栓子が気道をふさいでいると記載され,組織学的には気道への好酸球と単核球浸潤が報告されていた19602).近年になり気道壁リモデリングの所見から,繰り返し起きる気道の慢性炎症と喘息との関与の重要性が認識されるようになった19923).また以前は病理学的変化と喘息の臨床的変化の関連を検討することは困難であったが,気管支ファイバースコープを使用した研究によって肺機能障害と気道炎症に関する新しい知見が明らかとなってきた19894).このような新知見が従来の気管支拡張薬中心の治療から気道炎症治療薬中心の治療への移行,さらに薬物療法の早期介入の必要性を見出すbreakthroughとなった.
2.気管支喘息治療薬
(1) 吸入ステロイド
1978年に本邦でも使用可能になった吸入ステロイド(ベクロメサゾン)は,当初欧米での認可容量を元に400-800?g/日の使用が推奨されていた.ところが前述のように喘息は気道の慢性炎症であるということ,および気道炎症に対する治療を十分に行わないと不可逆性のリモデリングを生じると言う病態解明が進み,気道炎症治療薬の重要性が認識され高用量吸入ステロイドの研究が始まった.これによって従来行われていた気管支拡張薬の処方だけでは症状の安定が得られなかった患者の発作再発率の低下,最適肺機能の維持が顕著となった19895).さらに喘息死あるいは致死的喘息発作の減少との関連19926),第一選択薬として選択した場合の入院率の低下1998 7),低用量処方でも喘息死減少に有用であるとの報告が相次いだ20008).このように1990年前後に起きた喘息は気管支の慢性炎症であるという病態解明とそれに呼応する形で始まった高用量吸入ステロイドの定期吸入は,喘息治療の上で大変大きなbreakthroughとなった.吸入ステロイドの有用性を巡る問題点としては,十分な改善が得られない場合に吸入ステロイドを増量するべきか,後述するようにその他の薬剤を併用した方が良いのかと言う点,および白内障との関連を疑うとする症例コントロール研究や1997 9),小児の成長障害について論じたSystematic review(J3)200010)などが見られるが,喘息の再発,最適肺機能の維持,入院率,入院期間,喘息死という真のエンドポイントに対して有用性を認めるEvidenceが繰り返し得られている薬剤は吸入ステロイドのみであり,今後も有用性は支持されるであろう.
(2) 全身投与ステロイド
急性増悪を起こした場合,直ちに一定量のステロイドの全身投与を開始することによって軽快が早まり入院期間の短縮が得られる198711).入院期間の短縮だけではなく,入院率そのものの減少もMeta-analysis(J4)によって確認された1992 12).適切な投与中止時期について検討したランダム化比較試験は見られないが,一旦増悪が回復すれば10日以内の使用であれば漸減は必要とせず中断してよい199313).効果については経口でも静脈内投与でも同じであり12),小児についても同様のEvidenceが得られている199714).急性増悪に対する短期間全身投与ステロイドの有用性を否定するEvidenceは見られず,今後も重要性を失うことは無いであろう.
(3) 吸入β2刺激剤
吸入β2刺激剤については,混乱を招かないように丁寧な解説が必要となる.NIHのガイドラインを始めとし,あらゆる治療指針において間歇性の喘息,あるいは慢性持続型喘息の急性増悪の治療に吸入?2刺激剤の頓用は第一選択とされており,過去から現在にいたるまで有用性は一貫している199715).一方定期吸入については,1990年以前は喘息のコントロールに有効であると信じられていたが15),喘息のコントロールを目的として定期吸入を行っても頓用吸入以上の効果は期待できない199616).しかも定期吸入では喘息コントロールや肺機能をかえって悪化させ199017),喘息死の増加との関連もみられた1992 18).この混乱を招くような事象を整理すると,吸入β2刺激剤は頓用以外には用いるべきではないとなるが,従来の吸入β2刺激剤の作用時間が短かったためであると推測されている.つまり定期吸入として使用した場合吸入の間歇期に薬効が低下するため,かえって気道過敏性を不安定にしていたと考えられている.ところが最近登場した長時間作用型のサルメテロールやフォルモテロールでは,吸入ステロイドを用いても十分なコントロールが得られない患者に追加投与すると,肺機能,QOLの有意な改善が得られる1998 19)20).さらに吸入ステロイドでコントロール不良な場合,それを倍量にするよりフォルモテロールを併用した方が肺機能,症状の回復が早い199721).その理由として吸入ステロイドと長時間作用型吸入β2刺激剤は相補的に作用し合うことが推測されている.また現在までのところ長時間作用性吸入β2刺激剤と喘息死,あるいはコントロールの悪化についての報告は見られない.このように長時間作用型吸入β2刺激剤は吸入ステロイドへの上乗せ効果が証明されており,21世紀に向けて喘息の長期管理におけるbreakthroughになる可能性がある.なお現在本邦ではサルメテロールは治験を終了し申請中,フォルモテロールは治験中である.
(4) テオフィリン
テオフィリンは50年ほど以前から使用され,現在もなお全世界的にもっとも多く処方されている薬剤である.かつては有用な薬剤として汎用されていたが,Meta-analysisによって急性期における有用性に疑問が持たれた198822).その後追試によって急性増悪に点滴静注し入院頻度を減らした199123),あるいは小児の気管内挿管を減らした199824)という研究も散見されるが,吸入?2刺激剤,全身投与ステロイドと併用した場合には上乗せ効果はみられず有害事象が加わるだけとする研究が多く,急性増悪でのテオフィリンの有効性については,それを疑問視するEvidenceばかりが目に付く.今後最新の報告も含めた再度のMeta-analysisが待たれる.持続型喘息の長期管理における有用性については,1990年前後に導入された高用量吸入ステロイドの登場以来,その強力で安定した効果の前に短期間の内に主役の座をゆずった.第一選択薬としての有用性についてテオフィリンと吸入ステロイドとの比較を行った研究もあるが,後者において肺機能,症状の有意な改善を認めている199525).最近の研究でサルメテロール同様,吸入ステロイド単剤による治療ではコントロールが不安定な中等症の患者に用いた場合,吸入ステロイドを倍量にするより,内服テオフィリンを併用した方が肺機能の改善が得られたとするEvidenceもあるので199726),現在のところ吸入ステロイドにて十分な改善を得られないときのオプションとして,あるいは小児など吸入薬のコンプライアンスが悪いときに選択する余地はあると考えるのが妥当であろうが,副反応や薬物相互作用に熟知して使用するべきである15).これらの知見および喘息治療に有益な薬剤の開発,普及が進む中,10年後にテオフィリンの使用に対して支持されるような状況の改善があるとは考えにくい.
3.まとめ
 以上近年蓄積されて来たEvidenceを薬剤毎に検証した.有用性を支持するEvidenceの整った薬剤と,逆に従来信じられていた有用性について,それを否定するようなEvidenceによって有用性が低下しつつある薬剤に分かれた.このような治療法の淘汰によって,近未来のガイドラインはよりシンプルなものになる必要がある.私見ではあるが今後10年は吸入ステロイドと長時間作用型?2刺激剤吸入,さらに近年登場したロイコトルエン拮抗剤(One More JIM, P?を見よ)を中心としたシンプルな治療法に移行していくのではないかと考えている.

JIMノート

J1 ピークフローメーター 喘息モニターのために考案された器具.毎日測定することによって増悪を早期に捕らえ治療の遅れを減らしたり,発作の重症度を客観的に把握し治療選択の参考にしたり,日内変動を利用して発作の安定性を把握するのに利用する.
J2 真のエンドポイント 研究で検討しようとするエンドポイントには代用エンドポイントと真のエンドポイントがある.例えば喘息の場合,血液中の好酸球が減ったからある薬剤が効いたと言って良いのであろうか.このように単に検査結果の改善を見たと言うようなエンドポイントは代用エンドポイントと呼ばれる.一方喘息死の減少,急性増悪の減少のように患者アウトカムに重大な影響を与えるものを真のエンドポイントと呼ぶ.
J3 Systematic review 優れた方法で徹底的な文献検索と個々の研究の批判的吟味を行い,収集された優れた論文を適切な統計学的方法を用いて総括したもの.
J4         Meta-analysis 目的を同じくする複数の研究結果について定量的手法を用いて統合したもの.

One More JIM

質問 ロイコトルエン拮抗薬の効果について教えてください

解答 気管支喘息に関連する炎症メディエーターは数多く存在するが,喘息は気道炎症であるという病態理解の元,積極的に研究が行われているメディエーター拮抗薬の一つであり,現在Evidenceが整いつつある.興味深いことにアスピリン喘息や運動誘発喘息の予防に大変有効である.単剤としての効果では吸入ステロイドとの比較で,軽症から中等症の喘息患者を対象とした急性増悪予防効果の検討で,ベクロメサゾン250-400?g/日と同等の効果が見られる.またステロイドではエイコサノイドを抑制できないので上乗せ効果が期待でき,吸入ステロイドを使用してもコントロール不良な中等症,重症喘息で推薦される追加治療薬の一つと考えられている.

文献

1)     伊藤伸介: 気管支喘息死亡例および気管内挿管呼吸管理を必要とした気管支喘息症例の検討. 名古屋市立大学医学会雑誌 41: 483-506, 1990
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21)  Pauwels RA et al: Effect of inhalated formoterol and budesonide on exacerbations of asthma. NEJM 337: 1405-1411, 1997
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23)  Wrenn K et al: Aminophylline therapy for acute bronchospastic disease in the emergency room. Ann Intern Med 115; 241-247, 1991
24)  Yung M et al: Randmised controlled trial of aminophylline for severe acute asthma. Arch Dis Child 79: 405-410, 1998
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