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新しいエビデンスを医療に取り入れる

はざま医院 伊藤伸介

日本臨床内科医会ニュース 2006年2月25日号 p7

科学的根拠に基づく医療,EBMとの出合いは6年余り前になる(詳細はHP(1)を参照).きっかけは気管支喘息の急性増悪にテオフィリン点滴とβ2刺激剤吸入を同時に行った場合,上乗せ効果は期待できず,有害作用が増すと言う事実に出合ったことだ(2).それまで呼吸器内科専門医として,勤務先だった病院や当院外来でテオフィリン点滴とβ2刺激剤吸入をセットで施行し改善を体験していた私は,経験知とエビデンスが示すことの相違に合点がならない気がした.そのこと以来,この不思議な疑問を抱かせたEBMの勉強を始めた.紙面の関係で結論だけ書くと,効果についてはわずかな上乗せ効果しかないも関わらずそれを過大視し,有害作用を軽視していた自分に気付いた.

 最近では,小児の胃腸炎による中等度脱水(中等度脱水の診断は文献(3)にて行う)には,点滴より経口補液製剤の方が救急外来滞在時間が短く,保護者の満足度も高く,入院率も低いと言うニューヨークの市中病院から発信されたエビデンスを得たが(4),その後に出るエビデンスもそれを指示するものであった(5).したがって当院ではあらゆる胃腸炎の脱水にはこの経口補液製剤をお勧めしている.重症例と診断した場合には診療所外来では治療せず,総合病院に紹介をしている.つまり当院では小児への点滴は行っていない.点滴の必要な症例の見極めを行い,それが必要と判断される症例は重症例であり,総合病院小児科に紹介している.しかし果たして中等症以下の小児脱水に点滴を続けている医療機関はどれほどに上るのだろうか.でもそれもまた医療者ごとの選択であり,このエビデンス発信国であるアメリカでも普及しない経口補液製剤についてコメントがある(6).

 医療行為決定に一番大切なのは,患者さんの意見である.私たち医師は専門性を兼ね備えた医療のアドバイザーとして患者の判断を助ける優秀なアドバイザーであるべきで,ときに判断をゆだねられた場合,パターナリズムを発揮することに躊躇することはない.そのような中で,患者さんの好みが点滴であればそれを優先するのも大切なことであろう.しかしテオフィリン点滴のように有害性が上回る場合や,中等症脱水の小児の場合のように経口補液製剤の方が親の満足度が高いことが実証されたと言うエビデンスを読み込んだ場合はどうであろうか.

 EBMを学びつづけエビデンスの信頼性の高さを実感している私は,少なくともエビデンスの前には謙虚でありたいと思い,初めは恐る恐るだが,その有用性を患者さんに語り,同意を得られた方から新しいエビデンスに基づく治療行為に変更している.

 医療者としての経験知と新しいエビデンスが示す結果の差に,EBMが示そうとしていることなど実際の医療と差異が多過ぎて受け入れることなどできないとアレルギーを感じる医療者も多いものと思う.しかしわたしに関しては,その差を新しいエビデンスが私の医療がより良くなるために示してくれた新しい出来事と受け止め,新しいエビデンスを熟慮し当院の外来治療に,今後も取り入れ続けたいと思っている.

文献

(1) http://www.med.nagoya-cu.ac.jp/dousou.dir/kaihou/kiji/kikou/hazama.htm
(2) The Cochrane Library, Issue 1, 2005. Chichester, UK: John Wiley & Sons, Addition of intravenous aminophylline to beta2-agonists in adults with acute asthma (Cochrane Review) Parameswaran K, Belda J Rowe BH
(3) Marc H. et al.: Validity and reliability of clinical signs in the diagnosis of dehydration in children. Pediatrics. 1997;99:E6
(4) Atherly-John YC et al.: A randomized trial of oral vs intravenous rehydration in a pediatric emergency department. Arch Pediatr Adolesc Med. 2002 Dec;156(12):1240-3.
(5) Spandorfer PR et al.: Oral versus intravenous rehydration of moderately dehydrated children: a randomized, controlled trial. Pediatrics. 2005 Feb;115(2):295-301.
(6) Santosham M .Oral rehydration therapy: reverse transfer of technology.Arch Pediatr Adolesc Med. 2002 Dec;156(12):1177-9.