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南圭会

「我が国に於けるFibrate 剤使用の臨床的意義」

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平成18年5月24日(水)

名古屋市立大学 生体機能分子医学講座教授 横山信治先生
 1、高TG血症と低HDL血症

 動脈硬化症、とりわけ心筋梗塞や狭心症など冠状動脈疾患に罹患する危険性は、血中の LDL の増加によって高くなることは良く知られている。一方、多くの疫学的研究の結果は、血漿TGの上昇についても同様の傾向を示し、また HDL については、その血漿濃度が低いほど冠状動脈疾患を増加させ高いほど減少させるという関係を示す。この高TG血症と低HDL血症は相伴うことが多く、この両者は動脈硬化症に対して相乗的危険因子として働いているとも考えられる(図1)

 少なからぬ疫学調査は、HDL が低いことは LDL の上昇の有無に関わらず動脈硬化症の危険を高めることを示しており、低 HDL は高 LDL と同様、またはそれ以上に注目すべき「危険因子」である。我が国の虚血性心疾患の発症へのLDL上昇の公衆衛生学的寄与は大きくはないと考えられ、HDLの寄与については、改めて分析してみる必要がある。名古屋市立大学に於ける検討では、冠状動脈造影実施患者における冠状動脈の狭窄は、総コレステロールや LDL コレステロールよりもトリグリセリドや HDL コレステロールとの相関がより強く認められる(1)(図2)。このような傾向は他の報告でも一般的であり、HDL の負の危険因子としての役割はあらゆる LDL レベルの群で確かめられるのに対して、低 HDL や高 HDL 群では LDLと虚血性心疾患発症率との関連が明白でなくなるなど(2)(図3)、動脈硬化症に対しHDL はLDL より強い支配因子であることが示唆される。

 しかし、トリグリセリドと HDLについては、LDL に於けるほどの確実性と精度を以て臨床的取り扱いが出来ない状態が続いてきた。その理由は次のように考えられる。血漿トリグリセリド濃度は、それぞれの濃度も変動しやすいキロミクロン、VLDL、レムナント粒子など多種類のリポ蛋白質濃度に依存し、これらのリポ蛋白質粒子の動脈硬化性血管病変発症への寄与には大きな差があると考えられる。従って、トリグリセリドはリスク判定因子としての精度が著しく悪いということにならざるを得なかった。また、HDL コレステロールは測定精度が高く変動も少ないが、これまでのところ、これを特異的に治療の対象とすることができず、従って HDL 増加による動脈硬化性疾患の予防・治療の具体的成績が未だ得られていない。しかし、最近ようやく高TG血症について、そのリスクが認識され始め、またその治療が虚血性心疾患の発症予防を達成するとする大規模臨床試験の結果が得られるようになり、この面からの治療的アプローチによる動脈硬化症の予防への取り組みの根拠となる臨床的エビデンスが確立してきたと言えよう。

 高TG血症が動脈硬化症発症のリスクとなる理由は、高TG血症自身が強いリスク因子と考えられるコレステロールを多く含むVLDLの中間代謝産物である所謂レムナントリポ蛋白質の血中での増加の反映である可能性や、後に述べるようにCETPを介して低HDl血症の原因となることが挙げられる。同じCETPを介した機序で所謂小粒子高密度(small amd dense)LDLが生成することからもリスク上昇が考えられるが、いずれにせよこれらのリポ蛋白質が動脈硬化症の原因物質なのか、こういうリポ蛋白質プロフィールを呈する代謝状態が別の何らかの機序を介して動脈硬化症の発現を促進しているのかは、今のところ分からない。

 HDL は他のリポ蛋白質と比べて小さく(直径 10 ナノメータ以下)、比重の小さいトリグリセリドを多く含まず、比重の大きい蛋白質を多く含む。HDL の基本的機能は他の血漿リポ蛋白質と同じで、血流を利用してのコレステロールの細胞間あるいは臓器間での輸送である。本来、動物にとって、コレステロールは、生合成に手間とエネルギーを要しまた食餌性の摂取も十分に保証されていたものではなく、生体はこれを貴重品として「大切に」使うシステムを進化させてきた。その結果、動物のコレステロールは異化によってもエネルギーには転換されず、ごく僅かのステロイドホルモン産生への利用を除くと、殆どが肝臓に於ける胆汁酸に変換されその再利用を繰り返す。従って、大部分の体細胞では、コレステロールは代謝回転のために細胞から出て行かねばならない。HDL はこうしたコレステロールを受け取り、脂肪酸を結合させてコレステリルエステル形に変えた後、アポ B リポ蛋白質に渡して肝臓への回収ルートにのせ、または HDL 自らによって、肝臓へ運ぶ(図4)。従って、HDL が動脈硬化症に対して防御的に働く理由は、LDL 等から細胞内に過剰に蓄積しようとするコレステロールを細胞外に引き出し、細胞内への蓄積を抑えるためであろうと考えられている(3)。

 現在までのところ、独立して HDL を上昇させる薬剤はまだ市場にはない。従って HDL を増加させることが動脈硬化性疾患の予防・治療に役立つのか否かの問いに対する答えはまだない。しかし、後述するように、最近、より重要な(負の)危険因子である HDL の代謝について研究者の目が向き、大きな研究成果が上がり始めて、HDL をターゲットとした薬剤開発も活発になっている。また、既存の薬剤の中には HDL 上昇をもたらすものが少なからずある。一般的に、トリグリセリドを減らす薬剤は HDL を増加させ、これは後に述べるように高トリグリセリド血症が CETP を介して低 HDL 血症を起こす病態を改善するためと考えてよかろう。しかし、こうした薬剤の代表的なものであるFibrate剤にはは直接 HDL 産生を高める作用もあり、注目される(4)。

2、CETPを介した低HDL血症

 CETP(cholesteryl ester transfer protein)はリポ蛋白質間で疎水性脂質であるコレステリルエステルとトリグリセリドの転送を行う。この蛋白質の研究が盛んになった大きな理由の一つは、我が国で CETP 欠損症が発見され、高頻度に存在して高度の高 HDL 血症を呈することが分かってきたことである(5)。これは LCAT によって HDL で生ずる CE が CETP の欠損のためそのまま HDL に蓄積するためと理解され、このため末梢から肝臓に向かうコレステロール運搬経路の制御との関連で関心を持たれるにいたった。

 しかし、CETP の動脈硬化症に果たす役割の理解には混乱がある。CETP の欠損または大幅な低下により HDL は上昇し LDL は低下するので、虚血性心疾患の危険因子という観点からは CETP を阻害することは「抗動脈硬化的」と言える。しかし、CETP は動脈硬化巣から肝臓へとコレステロールを運ぶ流れの重要な要素の一つであって、これが阻害されることは動脈硬化を促進させる方向に働くことになるかも知れない。実際、トランスジェニック・マウスや家兎による動物実験の結果は CETP が動脈硬化を促進する方向に働いていることを示すが、CETP の遺伝子異常を中心に解析された臨床的成績ではCETP 欠損または低下が動脈硬化促進的にも見える。マウス・ラットなどは血漿 CETP 活性を欠き家兎や霊長類では高い CETP 活性が認められることから、前者における血漿 HDL の高値と動脈硬化発症抵抗性が CETP を欠くためであるとする説明も試みられたが、 CETP 活性が殆ど検出できないブタは LDL が高く動脈硬化発症のモデルとしてもよく使われ、明白な関係を求めるのは難しい。

 CETP の反応には方向性が乏しく、HDL、LDL、VLDL などの間で無差別に行われ、反応はリポ蛋白質粒子間での脂質分子の等モル交換反応として観察される。従って、コレステリル・エステル同士やトリグリセリド同士の交換では脂質のネットの移動は起こらず、異なる分子のヘテロ交換によってのみ脂質のネット移動が起こる。HDL 上で生成するコレステリル・エステルは VLDL などのトリグリセリドと交換されて HDL へトリグリセリドが流入する。トリグリセリドは HDL 中でも LPL や HTGL によって水解されるので、高トリグリセリド血症では HDL は小粒子化し、HDLコレステロールは低下する(図5)。また、高トリグリセリド血症では CETP 活性と HDL コレステロールは逆比例する(図6)(6)。 ヒト血漿中での LCAT によるコレステリル・エステル産生速度はその LDL・HDL としての血漿からの消失速度にほぼ等しく、CETP による HDL と LDL の間での転送速度はその数倍である。従って、高トリグリセリド血症がなければ CETP 活性の変動が直接大幅な HDL へのコレステリル・エステルの蓄積を引き起こすとも考えられない。 実際通常の CETP の変動範囲では HDL との相関はなく、CETP 欠損症のヘテロ型でもそれほど大幅な HDL 上昇は起こらない。しかし、トリグリセリド水解反応が活発である脂肪組織や筋などで高濃度の遊離脂肪酸の存在下では、組織毛細血管内で CETP が HDL から LDL への CE のネットの移動を直接触媒する可能性も残されている。

3、Fibrate 剤による動脈硬化症予防のあらたなエビデンス

 2006年のアメリカ心臓病学会(AHA)において、Fenofibrate を用いた動脈硬化性疾患予防のための大規模介入試験 FIELD(Fenofibrate Intervention and Event Lowering in Diabaetes) の結果が発表された(7)。これは、gemfibrozil による VA-HIT(8)やbezafibrate を用いた BIP Study(9) に次いで行われ、これらに匹敵するfibrate 剤による大規模介入試験である(図7)。この試験の特徴は、2型糖尿病患者に対して行われたものであるが、その他の動脈硬化リスクが比較的低い患者が対象となっている。図8に示されているように、LDLコレステロールは正常範囲であり、HDLコレステロールはやや低めである。またFibrate剤の治療ターゲットであるトリグリセリドもその75 % 近くは200mg/dL以下であり、Hba1cから判断できる糖尿病(血糖値)の管理も、それなりに行われている患者群である。トリグリセリド200mg/dLという値はBIP Studyのサブ解析により冠状動脈イベントの予防に有意差が得られる境界線となった値である。また、倫理上の理由から、患者の脂質管理について他の高リポ蛋白質血症治療薬の使用が認められており、その結果薬物治療群では16 % の対象が、プラセボ投与群では32 % の対象がスタチンを服用していた。このように、FIELD Study のプロトコールは、薬物治療群での効果に有意差が出にくい要素を多く含んだものであったと言える。

 試験終了時点での血清脂質の変化率は、トリグリセリドが顕著に低下しLDLコレステロールが多少低下していたが、HDLには大きな変化が認められなかった(図9)。この結果、非致死性心筋梗塞と冠状動脈疾患死を併せた冠動脈イベントの一次予防は25 % (p = 0.014)(図10)であり、また全心血管イベントの発症の一次予防は19 % (p = 0.01)(図11)であった。また、一次・二次予防を併せた非致死的心筋梗塞の発症抑制も24 % に上った(図12)。一方、一次エンドポイント(primary endpont)として設定された冠状動脈イベントの一次予防には、有意差が得られなかった。しかしながら、図13に見られるように、スタチンの影響を排除したサブ解析では、これに明らかな有意差が認められた(19 % 減少、p = 0.01)。また2次エンドポイントである全心血管イベントの抑制も 11 % 減少 p = 0.035から15%減少 p = 0.004にとその差の検出が強化された。一方、予期せぬ効果として、糖尿病性網膜症のレーザー治療の必要性が30 % 減少(p = 0.0003)し(図14)、尿蛋白質の検出にも改善が認められた。この結果、低リスクの2型糖尿病患者においても、軽度乃至中等度の高トリグリセリド血症のfenofibrate による治療は、心血管イベントの一次予防や糖尿病勢網膜症の進展抑制に対し、有意の効果をもたらすことが分かった。

 この試験の対照群は2型糖尿病患者とはいえ、LDLの上昇やHDLの低下などの脂質リスクは軽度なものであり、その他のリスクもとりわけ高い人々ではなかった。とりわけ、fibrate の第一義的治療対象である高トリグリセリド血症については、冠状動脈疾患の二次予防に有意差が認められなかったBIP Study の対照群と極めて類似したレベルであった。しかも、歴史的制約から、治療群・対照群に任意で高リポ蛋白質血症治療薬の使用を認めていた。このように、FIELDStudyはプロトコール上肯定的結果が出にくい構造になっていた。こうした多くの困難を抱えつつ行われた介入試験ではあったが、多くの心血管エンドポイントでfenofibrateの動脈硬化予防における有意の効果が示された意義は大きい。スタチンの効果を除くと、一次エンドポイントである冠状動脈疾患発症への一次予防効果が示されたことにも十分注意を払っておく必要がある。また、機序は不明であるが、網膜症などの糖尿病性微小血管症の進展抑制にも効果が示された点も注目に値する。
結論としてFenofibrate は、比較的リスクの低い2型糖尿病患者群に於いて、単独で動脈硬化性心血管合併症の発症を予防できることが示され、また糖尿病性微小血管症の進展を抑制する可能性が示された。FIELDのこれらの結果は、fibrateによる動脈硬化性心血管病の予防効果に対する新たなエビデンスを加えるものとして、歴史的な価値を持つものである(図15)

参考文献:
1. Sasai K, Okuyama-Noji K, Hibino T, Ikeuchi R, Sakuma N, Fujinami T and Yokoyama S. Human cholesteryl ester transfer protein (CETP) measured by enzyme-linked immunosorbent assay with two monoclonal antibodies against rabbit CETP: Plasma CETP and lipoproteins among Japanese hypercholesterolemic patients. Clinical Chemistry (1998) 44: 1466-1473
2. Goto A, Sasai K, Suzuki S, Fukutomi T, Ito S, Matsushita T, Okamoto M, Suzuki T, Itoh M, Okuyama-Noji K, and Yokoyama S. Cholesteryl ester transfer protein and atherosclerosis in Japanese subjects: A study based on coronary angiography. Atheroscelrosis (2001) 159: 153-163
3. Yokoyama S. Assembly of High Density Lipoprotein (review). Arterioscl. Thromb. Vasc. Biol. (2006) 26:: 20-27
4. Arakawa R, Tamehiro N, Nishimaki-Mogami T, Ueda K and Yokoyama S. Fenofibric acid, an active form of fenofibrate, increases apoAI-mediated HDL biogenesis by enhancing transcription of ABCA1 gene in an LXR-dependent manner. Arterioscl. Thromb. Vasc. Biol. (2005) 25: 1193-1197
5. Inazu A, Brown ML, Hesler CB, Agellon LB, Koizumi J, Takata K, Maruyama Y, Mabuchi H, Tall AR. (1990) Increased high-density lipoprotein levels caused by a common cholesteryl ester transfer protein gene mutation. New Eng. J. Med. 323: 1234-1238
6. Foger B, Ritsch A, Doblinger A, Wessels H, Patsch JR. Relationship of Plasma CETP to HDL Cholesterol: Studies in Normotriglyceridemia and Moderate Hypertriglyceridemia. Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol.(1996) 16: 1430-1436.
7. Keech A, Simes RJ, Barter P, Best J, Scott R, Taskinen MR, Forder P, Pillai A, Davis T, Glasziou P, Drury P, Kesaniemi YA, Sullivan D, Hunt D, Colman P, d'Emden M, Whiting M, Ehnholm C, Laakso M; FIELD study investigators. Effects of long-term fenofibrate therapy on cardiovascular events in 9795 people with type 2 diabetes mellitus (the FIELD study): randomised controlled trial. Lancet. (2005) 366):1849-1861.
8. Rubins HB, Robins SJ, Collins D, Fye CL, Anderson JW, Elam MB, Faas FH, Linares E, Schaefer EJ, Schectman G, Wilt TJ, Wittes J. Gemfibrozil for the secondary prevention of coronary heart disease in men with low levels of high-density lipoprotein cholesterol. Veterans Affairs High-Density Lipoprotein Cholesterol Intervention Trial Study Group. N Engl J Med. (1999 ) 341:410-18.
9. [No authors listed] Secondary prevention by raising HDL cholesterol and reducing triglycerides in patients with coronary artery disease: the Bezafibrate Infarction Prevention (BIP) study. Circulation. (2000) 102: 21-27