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日常診療における非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)

平成17年10月1日 金曜日
高知大学 消化器病態学 助教授
西原利治先生
  高度の脂肪肝に実質の炎症・壊死、線維化所見が加わった非アルコール性脂肪性肝炎(Nonalcoholic steatohepatitis,以下NASHと略す)の存在がにわかに注目されている。本症は'80年にLudwigらにより提唱され、ようやく’98年に新しい疾患概念として認証された、原因不明の慢性肝疾患である。飲酒歴が乏しいにもかかわらず、肝臓の組織像ではMallory体、肝細胞の風船様変性などアルコール性肝炎に特徴的な所見を呈することが特徴で、既知のウイルス性肝疾患や自己免疫性肝疾患と共に、ウイルソン病などの先天性代謝性肝疾患を除外することにより、診断を得ることができる。脂肪肝を基礎疾患として、潜行性に肝炎を経て肝硬変に進展する症候群と考えられており、肥満などを誘因とする原発性の症例と、薬剤などを誘因とする二次性の症例に分類される。
 すでに’50年代の後半より病理学領域では、糖尿病に伴う肝障害がアルコール性肝炎と組織学的に類似することや肝硬変への進展することについても認識されており、糖尿病を有する剖検例の約1割は肝硬変を伴うことが記載され、糖尿病性肝硬変と呼ばれていた。にもかかわらず臨床領域では、「良性可逆性疾患の代表と永く見なされてきた脂肪肝が肝硬変の誘因となる」との主張が受け入れられる余地はなかった。ようやく'98年に新しい疾患概念として受け入れられたが、18年間に米国の肥満人口は倍増し、国民の3-5%がすでに本症に罹患している有様であった。本邦での高度肥満者(BMI:body mass index 30以上)は250万人と推定され、その少なくとも1割は本症に罹患していると考えられる。肥満者(BMI 25以上30未満)や過体重者(BMI 23以上25未満)でも本症は発症するので、現時点で本症に罹患しているのは成人の1%弱と推定される。
 肝障害を有する非飲酒の脂肪肝症例に対して、欧米ではしばしば肝生検を施行せずにNAFLD(nonalcoholic fatty liver disease)という臨床診断を下す。NAFLDの1/3がNASHである場合には、侵襲的検査である肝生検をNASHの診断を確定するために敢えて行う意味が少ないからで、NAFLD症例をNASHあるいはその高危険群として治療すれば十分である。では、肥満や脂肪肝、肝障害が検診受診者の1/4で観察される日本のNAFLDの現状はどのようなものであろうか。
肝障害を見つけたら
ウィルス検査 HBs抗原,HCV抗体
自己免疫性肝疾患 抗核抗体,抗平滑筋抗体
代謝性肝疾患 ヘモクロマトーシス,ウィルソン病
薬剤性肝障害
 ウイルス性肝疾患等原因の明らかな肝疾患が除外(表)された検診受診者の1/4はなんらかの肝障害を有し、NAFLDはその1/3(全検診受診者の8%)を占める。成人の1%弱がNASHであるとすれば、NAFLDのわずか1割がNASHということになる。たとえNASHの約半数が進行性で予後不良としても、本邦におけるNAFLDの予後は95%が良好ということになる。本邦成人の20-30%は脂肪肝を有するのでこの数を母数にとれば、脂肪肝の98%は予後が良好ということになる。この二つの事実はいずれも、「脂肪肝の予後は良好」との臨床家の実感とまさに合致する。
 NASHの確定診断と肝臓の線維化進展度合い(病期)判定には肝生検が必須とはいえ、本邦のようにわずか1割の確率で存在するNASHを発見するために、すべてのNAFLD症例に肝生検を行うことは妥当ではない。同様にすべてのNAFLDに肝硬変さらに肝細胞癌の検査を定期的に施行することも現実的でない。このため、診断に肝生検が必要なNASHを確定診断することは日常診療で必ずしも容易ではないにせよ、効率的な定期検査にはNAFLDにおけるNASH高危険群の同定が不可欠である。しばしば、NASHは肝臓における代謝症候群の表現型であると言われる。これは、NASHの88%が内臓脂肪蓄積型肥満(内臓肥満)を有し、62%が代謝症候群の診断基準を満たすからである。換言すれば、NAFLDで高インスリン血症を示す内臓肥満症例はNASHの高危険群であり、代謝症候群の診断基準を満たせばより肝臓の線維化が進展する(している)可能性が高いということができる。
 20年前、すでに米国国民の少なくとも1-2%はNASHに罹患していたと推定される。しかし、おそらく’80年頃の欧米の臨床家は「脂肪肝の予後は良好」と実感していたと思われる。ましてや、NASHが100万症例弱しか存在しない本邦では、NASHの存在を実感することが困難な現状は理解できる。しかし、米国ではその後の20年間に生じた肥満人口増加に伴うNASHの顕在化により、このような実感が失われた。日本の肥満人口は過去40年間で3倍、学童の肥満人口は過去20年間で3倍となり、今後も着実に肥満人口が増加すると予想される。しかし、成人女性の肥満はこの20年間で明らかに改善された。身近にこのようなすばらしい先例のある本邦においてこそ、我々は肥満解消のために積極的に介入し、生活習慣病の蔓延を防ぎ、将来に禍根を残さないよう努力する必要があるのではなかろうか。

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