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インフルエンザウィルスの変化の基盤とその対策

名古屋市立大学ウィルス学 教授 中島捷久先生
2004年11月10日水曜

ウイルス粒子と抗原性

 インフルエンザウイルスが被っている膜をエンベロープという。エンベロープの外側にHA蛋白質(血球凝集素;糖蛋白質)とNA蛋白質(ノイラミニダーゼ;糖蛋白質)の2つの糖蛋白質がある。少量だがM2というタンパク質が膜に埋もれるように存在している。 HAは赤血球表面の糖鎖の末端にあるシアル酸に結合する。ですからウイルスと血球を混合すると、ウイルスを介して血球が凝集する。 NAはその名のとうり糖鎖からシアル酸を切り離す酵素であり、インフルエンザウイルスの表面にはシアル酸との結合を必要とする蛋白質と、シアル酸を切り離してしまう蛋白質が同居している。これもウイルスの感染に対する上手な仕組みになっている。ウイルス粒子が上気道に侵入すると、細胞にすぐ感染できるわけではなく、細胞を覆っている粘液層を通過しなければならない。これは糖鎖を多数含んでおり、したがってシアル酸を含んでいる。ここにHAによってウイルス粒子が結合してしまえば、ウイルスは感染すべき細胞に行き着けない。そこでNAが働いて、結合するシアル酸を切り、自由になったウイルス粒子は細胞に到着して、細胞表面のシアル酸に結合する。A型はHA亜型が15種類、NA亜型が9種類みつかっているが、B、C型では亜型は1種類しかない。エンベロープの下にはM1蛋白質が存在し、ウイルス粒子の形を決めているともいわれ、また、HA、NA蛋白質の細胞質部分と何らかの相互作用をしていると考えられている。インフルエンザウイルスの遺伝子は、1本鎖の8本の分節RNA(A、B型)、または7本の分節RNA(C型)から構成されている。RNAは単独で存在するのではなく、PA1、PB1、PB2と呼ばれるRNAポリメラーゼと、核蛋白質(NP)との複合体RNP(ribo-nucleo protein)として存在している。 分節遺伝子をもっていると、2つの異なるインフルエンザウイルスが、同一細胞に感染すると、ばらばらに合成された分節がウイルス粒子に取り込まれるとき、これまたばらばらに取り込まれ、双方の遺伝子をもったウイルス粒子が産生される。これを交雑ウイルス、交雑体、リアソータント(再結合体)またはレコンビナントともいう。新型ウイルスA型ウイルスはヒト、トリ以外にもブタ、ウマ、アザラシ、ミンク、クジラなどの種々の哺乳動物に感染し病気を起こす。動物とヒトのA型インフルエンザウイルスの遺伝子は、水禽、とりわけカモの腸内ウイルスに由来する。カモのウイルスが家禽またはさらに動物を介してヒトに伝播したものが新型ウイルスである。新型ウイルスが出現した際には抗原性の不連続変異(シフト)を起こしている。20世紀には4回の抗原性のシフトが起こっているが、1957年のアジアかぜA(H2N2)ウイルスと 1968年の香港かぜA(H3N2)ウイルスはそれまでヒトの間で流行していたウイルスとトリのウイルスの間で遺伝子交雑が起こり、トリの抗原遺伝子をもったウイルスがヒトの世界に入ったことが推定されている。ただしヒト型のウイルスはシアル酸とグルコースのa2、6結合をレセプターとするのにたいして、トリ型ウイルスはa2、3結合をレセプターとする。ヒト、トリ、ブタのレセプターの解析から、ヒトの気管細胞はa2、6結合、トリの腸管はa2、3結合、ブタの気管はa2、3及び、a2、6結合をもつことからウイルスとトリウイルスの間の遺伝子交雑ウイルスはブタの細胞で産生されることが推定されている。アジアかぜA(H2N2)ウイルスと香港かぜA(H3N2)ウイルスの発生の地は中国南部の農耕地帯であった。そこではヒト、ブタ、アヒルなどが一緒に生活しており、遺伝子交雑ウイルスが産生されやすい環境であるといえる。一方、1977年のソ連かぜA(H1N1)ウイルスは1950年に流行していたウイルスが何らかの機構で再出現したものと考えられており、新型ウイルスには含めない考えもある。1997年よりトリのA(H5N1)ウイルスが人へ感染した例が見られているが、遺伝子交雑をおこさなかったせいか、さいわい新型として世界中に流行することはなかった。遺伝子交雑をおこさないでもヒトに適応できるようになるまたはヒトの中で遺伝子交雑がおこることも考えられるので、と将来ブタを介さない新型ウイルスが出現する可能性も考えられる。ウイルスの細胞内での増殖と抗インフルエンザウイルス剤ウイルス粒子は細胞に到着して、細胞表面のシアル酸に結合し、NAが働く前にウイルスは細胞に飲み込まれる。ウイルスは、エンドソームに入り、また、ライソゾームにも入る。これら液腔内部の液体は酸性のため、HA蛋白質の膜融合活性が酸により誘導され、ウイルス膜とエンドソームの膜が融合する。この際HAタンパク質はHA1とHA2に開裂している必要がある。この開裂は病原性の高いH7, H5の亜型を除いては細胞外にあるプロテアーゼによっておこることが知られている。この融合によりRNPがウイルス粒子中より細胞質中に放出される。またこのRNPの遊離にはM2蛋白質が関与する。ウイルス粒子中ではRNPはM1蛋白質と弱い結合をしているが、この結合を離す役割をM2蛋白質が行っている。M2蛋白質はイオンチャンネルの機能を持っており、ライソゾーム中のH+イオンをウイルス粒子の中に取り込んで粒子内の状況を酸性にし、M1とRNPの解離を促進させます。細胞質に出たRNPは細胞核に移行します。M2の働きを阻害するのがアマンタジンである。核内でメッセンジャーRNA合成が行われ、合成されたメッセンジャーRNAは細胞質にでて、細胞の蛋白質合成系でウイルス蛋白質が合成される。 HA、NA、M2蛋白質は、合成期にすでに細胞の粗面小胞体の細胞内構造の膜に入り込んでおり、小胞体となってゴルジ装置を経由して細胞膜に到達する。この頃になると、合成されたウイルスRNPが核をでて細胞膜に向かう。これらがHA、NA蛋白質及び細胞膜に移行したM1蛋白質がある膜の近くにくると、ウイルス粒子の形成が起こり、ウイルスは細胞からちぎれるように出ていく(出芽)。NA蛋白質はウイルス粒子の出芽の際に重要な役割をはたす。糖蛋白質であるHAは糖鎖末端にシアル酸をもっているため、このシアル酸がウイルスNAによって取り除かれないと、ウイルス粒子上HAの糖鎖に他のウイルス粒子のHAが結合し、ウイルス粒子は凝集塊をつくってしまう。また宿主細胞の表面のシアル酸を取り除かないと宿主表面にウイルスが結合して遊離されなくなり、全体としてウイルスの他の細胞への伝播力が減少してしまう。このNAの役割を阻害するのがNA阻害剤である。ノイラミニダーゼインヒビターの抗ウイルス活性はアマンタジンより強力であり、AおよびBに有効である。しかしこれらの治療薬はインフルエンザウイルスに特異的であるため、インフルエンザウイルス感染患者にしか効果がない。インフルエンザウイルスの迅速診断が発展してきまたが、ウイルス量がすくないと陰性となるため、いまだ現場においてはウイルス分離と迅速診断でのバラツキがみられる。

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