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ACP journal club 2005 volume142 number3 editorials
“Does clinical experience make up for failure to keep up to date?”
臨床経験は医学知識を最新化をしないことの埋め合わせになるだろうか?

Geoffrey R. Norman, PhD
Kevin W. Eva, PhD
McMaster University, Hamilton, Ontario, Canada
 あなたは内科診療所を開業するために新しい街に引っ越してきた医師である.それに自分の子供のために小児科医を探さなくてはいけないが,2人の小児科医が候補に上がった.ジェーンは2年前に研修を終えたばかりであるが最終試験ではクラスのトップ2%にはいる成績であった.一方スーザンは10年前に研修を終えている.最終試験の成績はトップ25%であった.あなたならどちらの医師を選びますか?

 この問題をこの数年の間に大勢の臨床医に問うたのであれば,ジェーンを選ぶ人は5〜6人と言うところであろう.なぜだろう?スーザンが研修を終えたのは10年前である.したがってスーザンの教科書的知識は減り始めていたり最新の推奨される医療についての知識や学習の質の低下があってもおかしくはないはずである.Choudhryらもsystematic reviewにてこの件を指摘している(1).にもかかわらず臨床医にこの質問をした場合,ほぼ全員が臨床経験豊かな医師の方を選ぶのはなぜなのだろう.

 おそらくたった一つの理由,つまり経験がその答えであろう.医療の実践には他の多くの分野同様,熟練するには実地(hands-on)経験が必要である.臨床医になって何年か経過しても,多くの医師は自分は満足な医者ではないと感じていると答えるであろう.これは他の分野での自分に対する評価,たとえば芸術の巨匠になるためには10年あるいは1万時間が必要であると言われている(2)ことと一致する.では経験から何が得られるのであろうか?

 Choudhryらの結論を信じる場合,残念ながら経験からは何も得られず,それどころか多くのものが失われると言うことになる.彼らは臨床経験を経るにつれて,患者の致死率が上がってしまったとする研究がいくつもあることを示している.しかしより厳密な調査によれば,そのような差は,もし存在するとしても小さなものである.その研究では医学部卒業後1年ごとに心筋梗塞治療での致死率が,毎年0.5%づつ上昇すると報告している(3).しかしこれは相対危険の上昇についてであり心筋梗塞のベースライン致命率が10%であったとして,絶対致死率増多(absolute increase of mortality)は約0.05%に過ぎない.臨床経験20年の医師では致死率は12%に上昇すると推定することもできよう.同じ報告者のもう一つの論文によれば(4),20年を経た臨床医の絶対致死率増多は年間約0.02%,20年間で0.4%で,統計学的に有意な致死率増多には至っていないとしている.心筋梗塞の治療の分野は進歩が大変早い分野なので,卒業後年数を経るほど致死率が上がってしまうという限界に関連してこのような数字が算出されるのかも知れない.Choudhryらによる別の致死率に関する研究では差はないか小さなものであるとしている.

 このようなことは興味深いパラドックスつまり逆説を提示している.臨床医と言うものは,知識試験を受験したり,臨床ガイドラインに精通しそれに遅れないように日々努めようとはしたがらないものである.しかしこのような怠慢は,意外と患者の治療成績には殆ど影響を与えないようである.臨床ガイドラインが患者治療成績に大きな差異は与えないと言うことは良く耳にする.事実,ガイドラインの有用性を示している研究は殆どない(5).しかし患者治療成績(patient outcomes)が医師の実力に単純に比例する訳ではないと言い切ることもできない.Norciniらによると(3,4),専門の中でも専門と言う分野では絶対致死率差は約2.5%であるが一方,認定試験に合格した者の絶対致死率差は約2%と言う.したがって医師の加齢に伴う知識の減少,あるいはガイドラインから逸脱した治療が,必ずしも患者治療成績の悪化をもたらす訳ではないと言う結論にいつも到達するのである.では経験は,一般知識や治療法に関する知識のかなりの低下を補うほどの何かを与えてくれるというのだろうか?
 
 このような補追的メカニズムに対して,ほかの分野での経験に関する研究から,少しずつ考察され始めている.経験に対する研究が最も進んでいる分野はチェスである.50年以上も系統だった研究が行われている.チェスでは専門的なノウハウを獲得するのに10年から20年以上をかけた数千時間もの慎重な訓練が必要であることが証明されている(2).チェスでは加齢と共に曲線的に完成度が高まり約35歳で全盛を迎え,その後ゆっくりと技術が低くなると結論されている.

 卓越したチェスの試合は,過去に記憶学習した動きと現在行っているゲームを調合させて行われることが多い.パターン認識と呼ばれているものである.これがチェスにおける技術の本質的な部分であり,チェスの卓越性は速さも競う試合でさらに良く現れる(6).そこではプレーヤーは最も良い動きを素早く選択しなくてはいけないし,ゲームパターンを認識する能力は財産とも言えるものとなる.卓越性に関する他の分野での研究でも,エキスパートはスピードを必要とされるような状態でも良い行動が取れるものであることが証明されている.例えば一流のゴルフ選手は,時間はかけても良いから正確にパットをするよう要求されたときより,とにかく早くパットをするよう言われたときの方が正確にパットが打てることが分かっている(7).

 類似のことが医学でもいくつか証明されている.熟練した皮膚科医は平均8秒で正しい診断をおこなうことが出来る.一方間違った診断をしてしまうときは約12秒を要し,診断に自信がない不確実であるときは平均28秒熟考すると言われている(8).またHobusらによれば医師が最小限の情報しか与えられないときは,診断の正確性と経験の相関は0.68であった(9).

 以上のことから,経験は臨床医の判断を早めることができるようであるが,このような「技」の部分がどのように経験と関連して生まれてくるのか不明のままである.熟練した臨床医は,いま経験している状況と過去に経験した特徴的なケースを主に比較して診断にたどり着くことが多いのではないかと考え,我々も調査を続けている(10-12).この思考過程は全く無意識のうちに起きる.街で友人に会ったとき,友人を無意識のうちに認識する思考過程に類似している(12).以上をまとめると,長年にわたる臨床経験から学ばれる臨床面での卓越性を形成する大きな要因の一つに,臨床で経験した患者を通した膨大な知識の積み重ねとその集積が上げられる.その上で熟練した臨床医は繰り返し診断にたどり着くのである.

 このような見地から見るとChoudhryらの総説に見られる真の問題点は,経験と患者治療成績との間に正の相関が見られないことである.臨床医は経験を増すと共にパターン認識過程に基づく診断法を段々完成させて行く訳であるが,一方では診断に対して柔軟性を失うと言うマイナス面を生む可能性もある.Hashemらは,専門医は一番経験豊かな領域の疾患へと患者認識のかたよりを起こす傾向があることを報告している(13).

 Ontarioから発表されたPhysician review and enhance program(PREP)では上記の可能性について検証している(14).この研究では臨床医を評価するため一連のテストを用いている.高齢の臨床医での成績が悪かったが,それに対する系統的考察によれば,その原因として診断を確定するための考慮を早く締め切りすぎる,例えばある症例の診断に対して医師が抱いた早期の印象に頼りすぎることが上げられる(15).別の言い方をすれば,経験豊かな臨床医はパターン認識法を用いてより正確な診断を下すかに見えるが,この方法に頼りすぎるため診断をするための正しい思考法から逸脱してしまう傾向が見られた(16).

 この問題点は主に診断に関する専門的技術・知識と関連する.Choudhryらによる総説では診断は既に分かっていると言う設定の中で,外科的手技や患者管理手法の両者についての完成度を検討している.別の研究では経験と管理の関係について新たな検討を行っている.Schuwirthらは2つの臨床的問題についてリウマチ専門医を検証している(17).方法は,まず55種類の記述された症例からなるコンピュータを利用したテストを行う.一つ一つのケースは1から4回の臨床判断が必要となるように設定されている.更に対象となるリウマチ専門医のクリニックを匿名の標準的な患者に受診してもらい,面接後に医師の出来についてチェックリストを完成してもらうというものである.標準化された患者の医師との面接試験では,リウマチ専門医が専門家となってから扱った患者の数と強い負の相関関係を認めている(r=−0.50).おそらく専門医は未熟な医師に較べて多くの情報は必要とせず診断に至ることができるので,チェックリスト式スコアリングシステムを用いた方法では実力が低く現れてしまうのではと推察される(18).対照的にコンピュータ式試験でも人生経験と正の相関関係を認めると言う研究もある(r=0.58).Choudhryらの研究との相異はなぜ生じるのであろうか.その理由は,診療ガイドラインのような詳細まで検討したものと比較して,専門医の実力をスコアー化するのは,受験した専門医以外の専門医が1件ずつ慎重に行うからであろう.意地悪な言い方をすれば,専門的技術・知識(expertise)があるとは,ガイドラインが作成される環境とは関係なく学んでいながら,実はガイドラインと同じくらい多くのことを知っていると証明されることとも言える.事実病院に勤める若い臨床医についての最近の研究(19)によると,顧問医師(consultants)が薬物療法に関してどのような方法をとるかを調査すると,病院に勤める若い臨床医に較べて特殊なものが選ばれていることが報告されている.主な理由としは,顧問医師はより全体論的で,薬剤の処方を個々の患者に適応させるが,若い臨床医はより公式的な手法を使うことが上げられている.
 
 以上をまとめると,医療知識と患者ケアーの過程において明らかに大きな低下が見られても,患者の治療成績にはそれに見合うほどの大きな変化は伴わないと言うパラドックス・逆説を説明するのに,2つの機序があることを示した.第一の機序は以下のようなものである.つまり診療のガイドラインを固守した診療は,概ねその診療所や病院のある地域を全体としてみた場合は適切なものであろうと思われる.しかし患者個人レベルとなると経験豊かな臨床医は個々の患者のニーズに応じてガイドラインから離れて慎重にかつ系統立てて診療を行っていると思われる.結果として経験豊かな臨床医は,ガイドラインの固守と言う点で評価される臨床能力と言うことになると,不利に判定される可能性がある.第二の機序は,臨床経験豊かな臨床医は形式的な(formal)知識を最新化してゆくことに遅れを取ることを補うために,ある程度パターン認識に頼り結果として知識不足のような良くない結果に落ち入る可能性がある(20).このような研究報告がいくつもある.

 Choudhryらの報告を容易に捨て去るべきだと提案している訳ではない.彼らは臨床医が患者医療に対する最新の方法を維持し続けられるものではないことを正に示している.臨床医の知識や能力に対するセルフアセスメントを用いた的確性を維持しているかについての検討は,批判的に再吟味されるべきことである.弱点を反省し認識すべきであると諭したとしても,実際には医療の中で認識できる範囲内で悪い面を克服できそうにはない.

 私たちが示したように経験とは両刃の剣であることを検討することによって,もっと効果的な生涯学習の機会を創造することができるようになる.講義や印刷された配布物は効果的ではない(21).臨床医が最新のエビデンスを適応させようと個々の特異なケースについて学習することもそうかも知れない(22).参加者がフィードバックをするよう求められる状況で以上のような行動(個々の特異なケースについて最新のエビデンスを適応させて学習すること)を行うことが,功を奏するのだと思われる.特にフィードバックが異種のバックグラウンド(参加者が医師だけでなく医学生であったり看護士であったり薬剤師であることか?)や異なるレベルの経験を持った参加者から出たである場合は有効であると思われる.医療の実践を無意識の内に自動的に行ってしまったり機械的に行ってしまったりする傾向は,極めて日常的に起きうることである.したがって医師の分析的技術を常に再喚起するために,経験を利用することと教育を更新し続けることに意識を集中させることが重要であることを指摘してこの論説を終わりたい.
原文PDF
翻訳 はざま医院 伊藤伸介
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References


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