私の目指す医師像

 死を看取ることができる医師となる,それが私の目指す医師像です.

 二十数年も前の話です.医学部も最終学年の内科の講義のとき,第一内科教授でいらした武内俊彦先生は,黒板に「仁」と言う字を大きく書かれ,我々医学生に向かってこのようにおっしゃいました.「君たちには死を看取れる医師になって欲しい」

 死を看取る.医学生だった私たちには一体どんなことなのか未知の世界でした.しかし研修医になるやいなやすぐに経験することとなったのです.その後,いく人の方をお見送くりしたか分かりませんが,亡くなり行くご本人そしてご家族と一体になった自然な臨終の場を提供できていたかどうか,先ごろの経験をするまで分かりませんでした.

 ある日,近くの総合病院の医師から末期肺がん患者さんで,ご自宅で過ごしたいので退院を希望してみえるが,往診診療してもらえないかとのご依頼をいただきました.肺がんで退院できないまま病院での死を迎える何人もの患者さんを診てきた私にとって,そのような方々が最後のときをご自宅で過ごせるお手伝いができるのであればと考え,どれほどの労苦になるか分からないがお引き受けしてみようと思い,そのようにお答えしました.

 いざとなったら総合病院に再入院させようと考えてみえたご家族も,数回往診をしている内に往診診療に安心なさったのか,最後までお父様をご自宅で過ごさせてあげたいとおっしゃられ,私もできるだけ協力すると申し上げました.私をお父様の死を看取れる医師として受け入れて下さったのです.そして熱心なご家族の思いにほだされ誠実に診療と病状説明に勤めました.予想以上に永らえになれましたが,2ヶ月ののち最後のときをお迎えになられました.4人兄弟のご家族はどなたも自然なものとしてそのときを受け入れてみえました.

 午前の診療を終えご焼香にお邪魔しましたが,病気と立派に立ち向かわれたご本人と,誠実に看病されたご家族に尊敬の念をいだきつつ,ご訪問を終えました.余談ですが感謝の気持ちにとご家族からはワクチン保存用保冷庫をご寄贈いただきました.

 医学生だった私たちに武内教授がおっしゃられた「死を看取れる」と言う言葉の中に,「患者さんを診る全てが満足をもって行える」と言う深い意味が込められていたのだと,23年たった今あらたに知りました.

 最新の医学について勉強を重ね,医療に関する疑問点を残さぬよう学習を続けることは,大変なことかも知れません.しかし医療を生業とするものとして,それは仕事の基盤だと思います.その基盤の上に立って「死を看取れる」豊かな人間性を磨くこと.考えてできる事ではなく,このような経験の積み重ねによって自然に獲得して行くかないでしょう.

 今回,医学部を卒業して23年目にほんの少し医師として成長できたかと思える経験をしましたが,今後もご本人,ご家族にとって「この先生に診てもらっていて満足だ」と思っていただけるような医師になるべく,研鑽を続けて行きたいと思っております.